Archive for 6月, 2026

命ある食べ物、命なき食べ物06.17.26

命ある食べ物、命なき食べ物


「いただきます」――その命は、どこにある?

――米・肉・魚・野菜、そしてパンは?――


「いただきます」は、命をいただく言葉だ。

では、あらためて問いたい。

私たちが毎日食べているものの中に、命はどこにあるのか。

そして、命がないものを食べるとき、 「いただきます」の意味はどう変わるのか。


命が、はっきりある食べ物


お米

田んぼに植えられた苗は、 水を吸い、太陽を浴び、育つ。

秋には実をつけ、収穫される。

一粒一粒に、命の記憶がある。

炊き上がったご飯の湯気の中に、 土の匂いと、農家の汗と、 季節の移り変わりが詰まっている。


昨日まで海を泳いでいた。

網に引き上げられ、 氷の上に並べられ、 今、目の前にある。

その目が、まだ澄んでいる魚ほど、 新鮮だと言われる。

命の近さが、目に見える食べ物だ。


鶏、豚、牛。

名前を持ち、 育てられ、 私たちの食卓へやってくる。

スーパーのパックに綺麗に並んでいると、 つい忘れてしまいがちだが、 確かに生き物だった。

「いただきます」の重さを、 一番感じさせてくれる食べ物かもしれない。


野菜

土から引き抜かれた瞬間まで、 根を張り、水を吸い、生きていた。

トマトが赤くなる過程。 キャベツが葉を重ねる過程。 それはすべて、命の営みだ。


これらは疑いなく、命ある食べ物だ。

「いただきます」は、 この命たちへの言葉として、 まっすぐに届く。


では、パンはどうだろう


小麦も、もとは植物だ。

穂が実り、収穫され、 製粉され、粉になる。

その時点では、まだ命の欠片が残っている、とも言える。


でも、パンになる過程で何が起きるか。

小麦粉に、水、塩、イースト(酵母)を混ぜる。

こね、発酵させ、高温で焼く。

焼かれた瞬間、形は大きく変わる。


ただ、ここで面白いことがある。

イースト(酵母)は生きている。

発酵とは、酵母が糖を食べて、 二酸化炭素を出す営みだ。

つまり、パン生地が膨らむのは、 酵母という微生物の生命活動の結果だ。

天然酵母のパンなら、なおさらそうだ。

パンには、命の痕跡がある。


加工食品は、どうか


カップラーメン。 ポテトチップス。 コンビニのお惣菜。 冷凍食品。

これらには、もともと命ある素材が入っている。

小麦、じゃがいも、肉、野菜…… すべて出発点は命だ。


でも、加工の過程で何が起きるか。

高温処理、添加物、長期保存のための加工。

「食品添加物」と呼ばれるものの多くは、 自然界には存在しない化学物質だ。

着色料、保存料、乳化剤、増粘剤……

これらが加わると、 食べ物の中の命の気配は、どんどん薄れていく


極端な話をすれば、 賞味期限が数年あるものは、 菌も分解できない、ということだ。

菌でさえ食べられないものを、私たちは食べている。

そう考えると、少し怖くなる。


命の濃さ、というものがあるかもしれない


命ある、か、命なし、か。

その二択ではないのかもしれない。

命の濃さ、みたいなものがあるのかもしれない。


今朝採れた野菜は、命が濃い。

天日干しした干物も、命が残っている。

石臼で挽いた全粒粉のパンも、命の痕跡がある。

でも、 着色料と保存料まみれのスナック菓子は、 命の気配が、とても薄い。


僕は栄養や食の質について、 ずっと関心を持ってきた。

「何を食べるか」は、 「どう生きるか」に直結すると感じているからだ。


子どもたちに伝えたいのは、 難しい栄養学ではない。

ただ一つ。

「これは、どこから来たものだろう?」

と、一度だけ考えてみてほしい、ということだ。


この野菜は、どこの土で育ったのか。 この魚は、どの海を泳いでいたのか。 この加工食品は、何が入っているのか。

考え始めると、 食事が変わる。

選ぶものが変わる。

そして、 「いただきます」の言葉の重さも変わる。


命なきものを食べるとき


では、加工食品を食べるとき、 「いただきます」は意味がないのか。

そうは思わない。


どんなに加工されていても、 その出発点には、 必ず命があった。

それを忘れないこと。

コンビニのおにぎりを食べるときも、 カップラーメンをすするときも、

「これはどこかで命だったものだ」

と、頭の片隅に置いておく。

それだけで、 「いただきます」の言葉は、 ちゃんと意味を持つ。


命の濃いものを食べようとすること。 命の薄いものばかりに頼らないこと。

それは、 自分の命を大切にすることと、 つながっていると思う。


食べることは、生きること。

何をいただくかは、 どう生きるかだ。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

日本の文化 第3弾:子どもたちへ06.16.26

第3弾(最終章):子どもたちへ


「いただきます」と「ごちそうさまでした」――この言葉を、君たちへ――


3回にわたって書いてきた。

「いただきます」は、命をいただく言葉。 「ごちそうさまでした」は、走り回ってくれた人への感謝の言葉。

最終回は、 子どもたちへ向けて書きたい。


正直に言う。

僕も最近、 言えていない日が多かった。

一人でご飯を食べることが増えた。 スマホを見ながら食べることが増えた。 気づいたら食べ終わっていた、という日が続いた。


それでも、 この2つの言葉について考えたとき、

「あ、これは大事にしなきゃいけないな」

と、素直に思った。

大人でも、気づいたら変われる。 遅いということはない。


塾で子どもたちを見ていると、 学力と同じくらい、 人への感謝の気持ちを持てるかどうかが、 その子の将来に大きく関わると感じている。

勉強は、教えられる。 知識は、伝えられる。

でも、 感謝する心は、日常の小さな積み重ねでしか育たない

その積み重ねの一つが、 食事の挨拶だと思う。


世界を見渡せば、 神に祈る人もいる。 無言で食べる文化もある。 食べ終わったら自然に立つ文化もある。

それぞれに、歴史と理由がある。 どれが正しいとは言えない。

でも、 「いただきます」「ごちそうさまでした」という日本の文化は、世界に誇れるものだと、僕は思っている。

命への敬意。 人への感謝。 自然への畏敬。

たった2つの言葉が、 その全部を含んでいる。


サッカーの指導でも、同じことを感じる。

試合が終わったら、 相手チームに挨拶する。 審判に感謝する。 グラウンドに礼をする。

それは形式じゃない。

「ありがとうございました」と言えたとき、初めてその試合が完結する

食事も同じだ。

「いただきます」で始まり、 「ごちそうさまでした」で終わる。

その丁寧な始まりと終わりが、 食事という時間を、 ちゃんとした一つの体験にする。


歩実塾に来てくれている子どもたち。

勉強を教えるのが僕の仕事だ。 でも、それだけじゃないと思っている。

ご飯の前に手を合わせられる人間になってほしい。 食べ終わったら「ごちそうさまでした」と言える人間になってほしい。

一人でご飯を食べるときも。 コンビニのおにぎりを食べるときも。


形から入っていい。 意味がわからなくても、まずやってみていい。

続けていくうちに、 言葉の重さが、ちゃんと体に染み込んでいく


最後に。

今日の食事の前に、 一度だけ、手を合わせてみてほしい。

「いただきます」

そして食べ終わったら、

「ごちそうさまでした」

それだけでいい。

それだけで、 食事の意味が変わる。 自分の心が、少し変わる。


命をいただいて、今日も生きている。

走り回ってくれた人たちのおかげで、今日も食べられた。

それを、忘れないでいたい。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

日本の文化 第2弾:「ごちそうさまでした」06.13.26

第2弾:「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」――走り回ってくれた、すべての人へ――


前回、「いただきます」について書いた。

今回は、食事の終わりの言葉。

「ごちそうさまでした」

この言葉にも、 すごいものが詰まっていた。


「御馳走(ごちそう)」。

この漢字をよく見てほしい。

馳走(ちそう)

「馳」は、馬が走ること。 「走」は、そのまま走ること。

つまり、 馬を走らせて、駆け回ること


昔、客人をもてなすとき、 食材を求めて、馬で走り回った。

あちこちを駆け回り、 材料を集め、 料理をして、 テーブルに並べた。

その奔走してくれた人への敬意が、 「御馳走様」という言葉になった。


現代に置き換えると、 誰が走り回ってくれているか。

早朝から畑に出た農家の人。 荒波の中で網を引いた漁師。 冷蔵トラックで夜通し走った運転手。 スーパーで品出しをした店員さん。 台所で汗をかいて作ってくれた人。

みんな、走り回ってくれている。


「ごちそうさまでした」は、 その全員に向けた、深いお辞儀だ。


海外ではどうだろう。

ヨーロッパの多くの国では、 食後にこれといった決まり文句はない。

「Merci(ありがとう)」とか 「It was delicious(美味しかった)」と 作ってくれた人に個別に伝えることはある。

でも、食事の終わりに その場にいる全員が一斉に言葉を発する習慣は、 あまり一般的ではないらしい。

食べ終わったら自然に席を立つ、 という文化の方が多い。


それを聞いたとき、 「ごちそうさまでした」という習慣が、 いかに豊かなものか、と思った。

見えない人にも、感謝する。 作ってくれた人にも、感謝する。 命にも、感謝する。

そして、 食事という時間を、ちゃんと閉じる


一人で食べていると、 つい、 食べ終わったらそのまま立つ。

皿をシンクに持っていって、終わり。

「ごちそうさまでした」 なんて、 誰もいないのに言う必要があるか、と。

でも、そうじゃないと気づいた。


誰もいなくても、 言う意味がある。

その言葉は、 見えない誰かへ届く言葉だから。

走り回ってくれた農家の人へ。 海に出た漁師へ。 料理を作った人へ。

目の前にいなくても、 その人たちは確かにいた。

「ごちそうさまでした」と言うとき、 自分はその事実を、ちゃんと思い出す。


25年、子どもたちと向き合ってきた。

食事の挨拶ができる子は、 不思議と、 他のことへの感謝もできる子が多い

「ありがとう」が言える子。 負けても相手を称えられる子。 自分を支えてくれている人に気づける子。

「いただきます」と「ごちそうさまでした」は、 食事の挨拶ではなく、 感謝する力を育てる練習なのかもしれない。


今日の夕食。 一人でも、手を合わせて言ってみてほしい。

「ごちそうさまでした」

走り回ってくれた、 すべての人へ。


次回、最終章「いただきます・ごちそうさまでした――この言葉を子どもたちへ――」をお届けします。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

日本の文化 第1弾:「いただきます」06.12.26

第1弾:「いただきます」


「いただきます」――命を、受け取る言葉――


最近、気づいたことがある。

食事の前に、 「いただきます」 と言えていない日が、続いていた。

一人でご飯を食べる。 スマホを見ながら、テレビをつけながら。 気づいたら食べ終わっている。

そんな食事が、当たり前になっていた。


「いただきます」って、 いったい何の言葉だろう。

改めて考えてみた。

「頂く(いただく)」。 頭の上に、のせる。 つまり、 最上級の敬意を表す言葉だ。


食卓に並ぶ野菜には、 根っこがあった。 土があった。 水があった。 太陽があった。

魚には、 海があった。 命があった。

肉には、 生き物がいた。 その命が、 今、ここにある。


「いただきます」は、 命をもらいます、という言葉だ。

自分が生きるために、 他の命をいただく。

その事実を、 ちゃんと受け止める。

たった一言の中に、 そういう深さがある。


農家の人がいる。 漁師の人がいる。 料理を作った人がいる。 運んでくれた人がいる。

「いただきます」は、 その全員への ありがとうでもある。


世界を見渡すと、 食前の作法はさまざまだ。

キリスト教の文化圏では、 神に祈りを捧げてから食べる。

「この食事を与えてくれた神様に感謝を」

イスラム教でも、 「ビスミッラー(神の名において)」と唱える。

何かに向かって、頭を垂れる。 それは、 文化が違っても、 人間が食べることに感謝してきたという証だ。


一方で、 「黙って座って黙って食べて黙って立つ」 そういう文化もある、と聞いた。

良い悪いじゃない。

ただ、日本の「いただきます」には、 命への敬意と、 関わった人への感謝と、 自然への畏敬が、 たった一言に込められている。

それは、 世界でも稀な、美しい文化だと思う。


一人でご飯を食べるとき。 コンビニのおにぎりを食べるとき。 忙しい合間にかき込むとき。

そんなときでも、 一度だけ、 手を合わせて言ってみてほしい。

「いただきます」

その言葉が、 食事の意味を変える。

食べることは、 生きること。

命をいただいて、 自分の命をつなぐ。


明日から、 また言おうと思う。

ちゃんと、手を合わせて。

「いただきます」


次回は「ごちそうさまでした」――走り回った人たちへの感謝――をお届けします。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

「ノートの書き方が分からない。」06.11.26

「ノートの書き方が分からない。」

そう言う生徒が、最近みられる。


近年、学校の授業が変わってきている。

先生が授業を進めやすいように、

あるいは、授業のスピードを上げるために、

プリントを配って授業を進めるスタイルが増えている。

穴埋めをして、貼って、終わり。

それ自体が悪いわけではない。

しかし、その結果として、

自分でノートを使う機会が、どんどん減っている。


塾に来てくれた生徒を見ていると、よくわかる。

ノートを開いても、何をどこに書けばいいか分からない。

どこから書き始めればいいか分からない。

そもそも、ノートを使う習慣がない。

そんな生徒が、確実に増えてきている。


ノートを書くことには、意味がある。

自分で工夫して、考えて書く

手を動かしながら書くことで、頭に入りやすくなる。

自分の言葉で整理することで、理解が深まる。

後から見返したとき、自分だけの参考書になる。

プリントに書き込むだけでは、

なかなか身につかないことがある。


歩実塾では、ノートの書き方から指導に入れている。

日付とタイトルを書く。

問題と解答を分けて書く。

間違えた問題には印をつけて、解き直しを書く。

特別なことは何もない。

しかし、これができるだけで、

勉強の質はまったく変わる。


「ノートの書き方なんて、今さら?」

そう思うかもしれない。

でも、25年間子どもたちと向き合ってきて、

今さらでも、ここからやり直した生徒のほうが、

後からぐんと伸びることを知っている。

基本は、裏切らない。


歩実塾 倉敷北畝校 塾長 瀧

Posted in 勉強法・学習のヒント, ノートの活用法, 塾長コラムwith No Comments →

倉敷市の中学生が成績を上げるためにやるべきこと・やってはいけないこと06.10.26

倉敷市の中学生が成績を上げるためにやるべきこと・やってはいけないこと

「高校受験は、中3になってから頑張ればいい。」

そう考えている中学生は、少なくありません。

しかし、それでは手遅れになることがあります。

なぜか。

高校入試は、当日の試験だけで決まらないからです。


岡山県の高校入試は「内申点+当日点」

岡山県の公立高校入試では、

・中学校の成績(内申点)

・当日の学力検査

この両方で合否が判定されます。

内申点は、中学3年間の通知表の評定がもとになります。

さらに岡山県では、中学3年生の成績の比重が大きく設定されています。

つまり、

「中3になったら頑張る」では遅い。

中1から、コツコツ積み上げることが大切です。


★ やるべきこと ① ワークを3周以上する

定期テストの問題は、学校のワークやプリントからよく出題されます。

にもかかわらず、

「1回解いて終わり」

「提出して終わり」

になっている生徒がとても多い。

成績が上がる生徒は違います。

1周目で弱点を見つけ、

2周目で間違えた問題を解き直し、

3周目で完全に定着させています。

歩実塾では、これを**「3周以上学習」**と呼んでいます。


★ やるべきこと ② 提出物を期限までに出す

内申点は、テストの点数だけで決まりません。

授業態度や提出物も、評価の材料になります。

提出物を出さないだけで、

本来取れるはずの評定を落としてしまうことがあります。

提出物は、

「やるかやらないか」だけで差がつく部分です。

損をしないようにしましょう。


★ やるべきこと ③ 間違えた問題を放置しない

勉強が苦手な生徒ほど、

丸付けをして終わります。

しかし、本当に大切なのはそこからです。

間違えた問題こそ、

次のテストで点数が上がる可能性がある問題です。

できなかった問題に印をつけて、

解けるまで繰り返す。

それだけで、確実に変わります。


★ やるべきこと ④ テスト2週間前から準備する

テスト前日に慌てて勉強しても、限界があります。

理想は、テスト2週間前にはワーク1周目を終えること。

そこから2周目・3周目に入れれば、点数は大きく変わります。

「テスト前だけ頑張る」から、

「テスト前に仕上げる」へ。

この意識の違いが、成績の差になります。


✖ やってはいけないこと

① ワークを「終わらせること」が目的になる

最も多い失敗です。

「提出物を終わらせた」と「テストで解ける」は、別の話です。

提出のための勉強ではなく、点数を取るための勉強をしましょう。

② わからない問題の答えだけを写す

答えを写せば、提出物は完成します。

しかし学力は、まったく伸びません。

答えを写した瞬間は安心しますが、

テスト本番では何も思い出せません。

③ スマホを見ながら勉強する

「勉強しているつもり」の代表例です。

通知が来るたびに、集中力は切れます。

さらに言うと、

横に置いているだけでも、見えるところにあるだけでも、

見ていなくても集中力は下がります。

勉強中は、保護者に預けるか、別の部屋に置いておく。

それだけで、30分の勉強の質が大きく変わります。

④ 得意科目ばかり勉強する

人は、好きな教科ばかりやりがちです。

しかし成績を伸ばすには、苦手科目の失点を減らすことが重要です。

特に数学・英語は積み上げ型の教科です。

苦手を放置すると、後になって大きな差になります。

早めに手を打ちましょう。


倉敷市の中学生へ

高校受験は、中3の3月だけで決まるものではありません。

今日の授業。

今日の提出物。

今日の家庭学習。

その積み重ねが内申点になり、受験結果につながります。

だからこそ歩実塾では、特別な裏技ではなく、

・学校ワークを3周以上

・間違えた問題を解き直す

・提出物をきちんと出す

・家庭学習を継続する

という基本を、徹底しています。

派手ではありません。

しかし、定期テストの点数を上げ、内申点を上げ、

志望校合格に近づくための、最も確実な方法です。

成績を上げる生徒は、特別な才能がある生徒ではありません。

正しい勉強を、正しい回数だけ繰り返した生徒です。


体験授業のご案内

歩実塾 倉敷北畝校

対象:小学生・中学生・高校生

体験授業:無料

まずは、お気軽にお問い合わせください。


歩実塾 倉敷北畝校 塾長 瀧

Posted in 勉強法・学習のヒント, 塾長コラムwith No Comments →

定期テストで点が取れる子は、ワークを「3周」している。06.09.26

定期テストで点が取れる子は、ワークを「3周」している。

定期テストで出る問題は、

ほぼ、学校で配られたワークやプリントから出る。

知っていましたか?

だとしたら、やることはひとつだ。

ワークを、何度も、解き切ること。


歩実塾では、**「3周以上学習」**を全員に取り入れている。

やり方を、順を追って説明しよう。


【1周目】とにかく最後まで解き切る

テスト範囲のページを、全部解く。

できなかった問題には必ず印をつける。

「✕」「△」「?」 なんでもいい。

とにかく、解けなかった問題を見える化するのが1周目の仕事だ。

塾では、1周目を持ってきてもらって、

塾長と一緒に確認していく。

「どこでつまずいたか」を、一緒に確認する時間だ。


【2周目】間違えた問題だけに集中する

2周目は、全部やり直す必要はない。

1周目で印をつけた問題だけを解く。

できた問題をもう一度やるのは、時間のムダ。

弱いところだけに絞る。

それが、勉強の「効率」というものだ。


【3周目以降】問題を見た瞬間、答えが出る状態へ

3周目も同じ。また間違えた部分だけ解く。

3周やっても覚えられなかったら、

5周でも、10周でも、やればいい。

目指す状態はひとつ。

問題を見た瞬間、答えが思い浮かぶ。

それだけだ。


すらら との組み合わせ

歩実塾では、AIアダプティブ教材の**「すらら」**も活用している。

すららは、

つまずいている場所を自動で見つけて、

さかのぼって教えてくれる。

3周学習との組み合わせは、こうだ。

ワークの1周目をやってみて、

「なぜ間違えたのかわからない」という問題が出てきたとき、

そこですらら を使う。

すらら のレクチャー動画でもう一度理解する。

理解できたら、ワークの2周目に戻る。

「理解する」と「解ける」は、別の話だ。

すらら で理解して、ワークで定着させる。

この二本立てで、確実に点数につなげていく。


サッカーで言えば、

シュート練習を1回やって終わりにする選手はいない。

何度も、何度も繰り返して、

体が覚えるまでやる。

勉強も、まったく同じだ。

「3周もできない」という子は、

たいてい、やり方が悪いだけだ。

一緒に、正しい順番で進めよう。


歩実塾 倉敷北畝校 塾長 瀧

Posted in 勉強法・学習のヒント, 塾長コラムwith No Comments →

「それ、毎日飲ませていませんか?」― 子どもの脳と体を守るために知っておきたいこと06.06.26

「それ、毎日飲ませていませんか?」― 子どもの脳と体を守るために知っておきたいこと

先日、ある医師のYouTube動画を観ました。

タイトルは「子どもの脳が壊れる…親が毎日飲ませている”危険な飲み物”の正体」

衝撃的な言葉ですが、内容を聞いて、これは保護者の皆さんにぜひ伝えなければと思いました。

私も、下記のような症状がありました。20代後半からずっ~とです・・・

  • 体がだるい
  • しんどい
  • 朝、起きられない/起きたくない
  • やる気が出ない/何もやりたくない
  • 集中できない/勉強が頭に入らない
  • イライラする/すぐ怒る
  • 情緒が不安定
  • 眠気が取れない(食後に特に強い)
  • うつっぽい感じ

これらは「血糖値の急上昇→インスリン大量分泌→急降下→低血糖」という繰り返しによって起きる症状として説明されているものです。


「エナジードリンクが危ない」というのは、最近よく耳にするようになりました。

カフェインが大量に含まれていて、子どもには絶対に与えてはいけない。

これは、多くのご家庭でもご存じのことだと思います。

でも、動画が指摘していたのは、エナジードリンクではありませんでした。

もっと身近な、**「当たり前のように毎日飲んでいるもの」**の話でした。


その正体は、清涼飲料水・ジュース類・市販のスポーツドリンクです。

「えっ、それくらい大丈夫でしょう」と思われるかもしれません。

私も最初はそう感じました。

市販の清涼飲料水500mlには、約30〜60gもの糖分が含まれています。

角砂糖に換算すると、なんと10〜15個分

スポーツドリンク1.5Lのペットボトルなら、角砂糖45個分にもなります。

ではなぜ、そんなに甘いのに「甘い」と感じないのか。

それが、この問題の本当に厄介なところです。

クエン酸やビタミンCなどの「酸味」が舌を刺激することで、脳が甘さを感じにくくなっているのです。

さらに多くの飲料に使われている「果糖ぶどう糖液糖」という成分は、甘さを感じにくくしながら大量の糖を体内に取り込ませる仕組みになっています。

知らず知らずのうちに、子どもたちは毎日、膨大な量の糖分を飲み続けているわけです。


砂糖(糖分)が子どもの脳に何をするのか。

研究によると、砂糖は脳内で「快楽ホルモン」であるドーパミンを過剰に分泌させます。

その反応は、依存性の高い物質を摂取したときと酷似していると言われています。

つまり、甘い飲み物を毎日飲み続けることで、子どもの脳は「もっと欲しい」という状態になっていく。

集中力の低下、落ち着きのなさ、感情の不安定さ――。

塾の現場で長年子どもたちを見てきた私には、これは「他人事」ではないと感じます。


25年間、たくさんの子どもたちと関わってきました。

「やる気が出ない」「勉強に集中できない」「すぐイライラする」という子の話を聞くとき、生活習慣、とりわけ食事や飲み物の話が出てくることが少なくありません。

脳は、毎日食べるもの・飲むものでできています。

学力も、集中力も、感情のコントロールも、根っこは同じところにあるのかもしれません。


では、何を飲ませればいいのか。

答えはシンプルです。

◎ まずは

◎ ミネラル補給には麦茶(ノンカフェインで夏にも最適)

◎ ビタミン補給には水出し緑茶

✕ ジュース・スポーツドリンク・エナジードリンクは

「毎日」ではなく「特別なとき」に

麦茶は日本人が1300年以上前から夏に飲んできた飲み物です。

先人たちの知恵は、やはりすごいなと思います。


「うちの子はジュースじゃないとお茶を飲まない」というご家庭もあると思います。

いきなり全部やめる必要はありません。

まず「毎日」をやめることから始めてみてください。

週に1〜2回の「特別なもの」に変えるだけで、子どもの脳と体への影響はずいぶん変わってくるはずです。

子どもたちの未来は、毎日の積み重ねでできています。

学習の環境を整えるのと同じように、体に入れるものにも、少しだけ目を向けていただけたら嬉しいです。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

「やる気がない」は当たり前。 でも、そのままでいいはずがない。06.05.26

「やる気がない」は当たり前。 でも、そのままでいいはずがない。

子どもが遊んでばかりいる。

勉強しようとしない。

友達も同じで、誰も勉強していない。

そんな状況を前に、親御さんはどうすればいいのか。

25年間、子どもたちと向き合ってきた私にも、正直に言えば「これが正解」という答えはありません。

でも、確かに言えることはある。


やる気は「待つ」ものじゃない

「やる気が出たら勉強する」という子どもを、私はほとんど見たことがありません。

やる気というのは、動き始めることで生まれる。

動く前から湧いてくるものじゃない。

だから声掛けの目的は、最初の一歩を踏み出させること。

それだけでいい。


効果がある声掛けの、たった三つの原則

責めない。比べない。小さくはじめる。

① 問いかける形にする

「勉強しなさい」より「今日、何から始める?」

命令ではなく問いかけることで、子どもは自分で考え始めます。

② 時間を短くする

「10分だけやってみよう」は、子どもの抵抗を減らす魔法の言葉です。

終わったら褒める。それだけで、次につながります。

③ 結果より行動を認める

「よく開いたね」

その一言が、次の一歩につながります。

正解できたかどうかより、開いたこと・書いたことを認める声掛けが大切です。


友達が遊んでいるから、自分もでいい?

周りの子が全員遊んでいるなら、その中で一人勉強することは、確かに難しい。

でも私は子どもたちに、こう話します。

「みんなが遊んでいる今、ひとつだけ進めておいたら、テスト前に一番楽になるのは誰だと思う?」

答えは言いません。

子ども自身に気づいてもらうことが大事だから。


それでも動かないとき

一度声をかけたからといって、すぐに動く子はそんなに多くない。

焦らなくていい。

声掛けは種まきです。

今日まいた言葉が、明日芽を出すこともある。

1週間後に「あの一言」が効いてくることもある。

だから続けること。

怒鳴ることより、静かに問いかけ続けること。


塾でも、同じことをしています

歩実塾では、最初から「さあ、問題を解きなさい」とは言いません。

まず話す。今日の気分を聞く。

そして「じゃあここだけ見てみよう」と、小さく始める。

それが積み重なって、子どもは自分でページを開くようになっていく。


声掛けは、愛情の形です。

正しい言葉より、諦めないで関わり続ける姿勢が、子どもの心に届く。

私はそう信じています。

ご相談はお気軽にどうぞ。

一緒に、お子さんの「最初の一歩」を考えましょう。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

お金って、なんだろう。06.04.26

お金って、なんだろう。

NISA・株・投資を考える前に、立ち止まってみたいこと

お金の話をする前に、少し昔のことを想像してほしい。

魚をたくさん獲った人が、米をたくさん持っている人と交換する。

それが「物々交換」のはじまりだ。

「あなたの魚が欲しい」「私の米と交換しよう」。

シンプルだけど、それは人と人がつながる行為だった。

やがて、「何とでも交換できる共通のもの」が生まれた。

それが「お金(貨幣)」だ。

便利になった。みんなが同じルールで動けるようになった。

でも、そこから少しずつ「おかしなこと」が起き始めた。

いつの間にか、お金は「手段」ではなく「目的」になった。

お金がお金を産む仕組みができた。

株、投資、金融商品。

働かなくても増える人と、働いても増えない人。

その差は年々、広がっている。

さらに言えば、お金は政治を動かす。

選挙、ロビー活動、軍事産業。

「どの国と戦争するか」「どの企業が儲かるか」。

そこにも、巨大なお金の流れがある。

これが「現代のルール」だ。

だから今、「NISAをやれ」「株をやれ」という声が大きい。

資産形成、老後2000万円問題、インフレ対策。

確かに、知っておくべきことではある。

でも、そこに乗っかる前に、一度立ち止まってほしいのだ。

「お金のゲームに参加しないと損をする」

それは本当だろうか?

たとえば、地域のつながりを大切にして、

畑で野菜を育てて、お裾分けし合って生きる。

それは「損な生き方」なのだろうか?

スキルや知識を、お金を介さず直接交換する。

「あなたの力を貸して。かわりに私の力を使って」。

物々交換の現代版は、すでに各地で始まっている。

私はNISAや株を「やるな」と言いたいわけではない。

制度として理解し、使えることは大事だ。

でも、それだけが「賢い生き方」ではない、とも思う。

「お金のルールに全力で乗る人生」と、

「お金に振り回されない生き方を選ぶ人生」。

どちらが正解かは、自分で決めていい。

塾で子どもたちと話すとき、私はよくこう聞く。

「将来、何がしたい?」

「お金持ちになりたい」という答えが返ってくることもある。

そのとき私は、もう一度聞く。

「お金持ちになって、何をしたい?」

大切なのは、その「何をしたい」のほうだ、と思っているから。

Posted in 塾長コラム, 保護者の方へwith No Comments →

  • You Avatar