Archive for 5月, 2026

情報について 第2回「メディアリテラシーを子どもに教えるには」05.30.26

第2回「メディアリテラシーを子どもに教えるには」


「先生、これって本当ですか?」

子どもたちから、 こんな質問を受けることがあります。

SNSで見た情報。 友達から聞いた噂。 テレビで流れていたニュース。


正直に言うと、 「本当かどうか」より大事なことがある と思っています。

それは、

「自分で確かめようとする習慣」

です。


25年、子どもたちと関わってきて 気づいたことがあります。

情報に振り回される子と、 そうでない子の違いは、 頭の良さではありません。

「なぜ?」と立ち止まれるかどうか。

それだけです。


子どもへの伝え方、3つのヒント

① 「誰が言ってるの?」と聞いてみる

ニュースでも、SNSでも、 発信している人や組織を確認する習慣。

「テレビで言ってたから本当」 ではなく、 「テレビのどの番組が、何を根拠に言ってるの?」

この一歩が大きい。

② 怖い気持ちを否定しない

「そんなの気にしなくていい」 と言うのは逆効果です。

怖いと感じた気持ちはそのままに、 「じゃあ、実際どうなんだろうね」 と一緒に調べてみる。

感情と思考を切り離す練習になります。

③ 親や大人が「わからない」と言える

これが一番大切かもしれません。

大人が「これは怪しいな」 「よくわからないな」と口に出すだけで、 子どもは 情報を疑っていいんだ と学びます。

完璧な答えより、 考え続ける姿を見せることの方が、 ずっと価値があります。


勉強も同じです。

「答えを出す力」より 「問いを立てる力」の方が、 これからの時代には必要だと 私は感じています。

メディアリテラシーと学習力は、 実は根っこが同じです。


次回は、 情報に振り回されない心の土台について。

塾長自身の経験も交えながら 書いていきます。

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情報について 第1回「怖がらせるニュースの見分け方」05.29.26

第1回「怖がらせるニュースの見分け方」


また始まった、と思いませんか。

感染者数が増えた。 事故が起きた。 事件が報じられた。

テレビをつけると、 不安になるニュースばかりが流れてくる。


実は、これには理由があります。

人間の脳は、 怖い情報に強く反応するようにできています。

「ネガティビティ・バイアス」と呼ばれる、 生き延びるための本能です。

そしてメディアは、 それをよく知っています。

怖い言葉がついたニュースは、 クリックされやすい。 視聴率が上がる。 だから作り続ける。


見分けるための3つのポイント

① 数字だけで語っていないか

「感染者〇〇人」と言っても、 全体の何パーセントか、 去年と比べてどうか、 が出てこない報道は要注意です。

② 「最悪の場合」ばかり強調していないか

可能性の話を、 まるで確定したことのように 伝えていないか、確認してみてください。

③ 「誰が得をするか」を考えてみる

この報道で、 視聴率が上がるのは誰か。 商品が売れるのは誰か。

そう考えると、 ニュースの見え方が変わってきます。


怖がることは悪いことではありません。

でも、 怖がらせられていることに気づく力 が、これからの時代には必要だと感じています。

次回は、 この力を子どもたちにどう伝えるか、 について書きます。

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子どもたちが狙われている05.28.26

子どもたちが狙われている

——「地域のつながり」が消えた日本で


最近、ニュースを見るたびに

胸が締めつけられます。

SNSで大人に誘われた中学生。

「バイト」と言われて運び屋にされた高校生。

気づいたときには、取り返しのつかないことになっている。

子どもたちが犯罪に利用される事件が、

後を絶ちません。

なぜ、子どもたちは狙われるのか。

それは、子どもたちが

「誰にも見られていない」状態に

置かれているからだと、私は思います。

25年間、子どもたちと関わり続けてきて

はっきり感じることがあります。

昔は、子どもが道を歩いていれば

近所のおじさんが声をかけた。

変な大人がいれば、どこかの誰かが気づいた。

地域全体が、子どもを見守る目を持っていた。

でも今は、どうでしょう。

隣に誰が住んでいるかわからない。

子どもに声をかけたら不審者に思われる。

地域の行事も参加者が減り続けている。

そういう「つながりのなさ」が、

子どもたちを孤立させています。

孤立した子どもは、つながりを求めます。

そのすきまに、悪意を持った大人が入り込む。

「あなたのことをわかってあげる」と言いながら。

「躾」という言葉の本当の意味

「最近の子は躾ができていない」

そんな声を耳にすることがあります。

でも、私はそう思いません。

子どもは、関わる大人の数だけ

育てられます。

親だけではなく、先生、地域の大人、

習い事の指導者……さまざまな目と言葉が

子どもの「軸」をつくっていく。

その環境が壊れてきているのに、

「躾ができていない」と子どもや親だけを

責めることはできません。

サッカーコーチとして、

塾長として、長く子どもたちを見てきた私は

そう強く感じています。

では、保護者のみなさんに

今すぐできることは何か。

大げさなことではありません。

  • 子どもが「今日どこにいるか」を把握する
  • SNSのやりとりに少し関心を持つ
  • 「知らない大人に親切にされたら教えて」と伝えておく
  • 学校・塾・習い事の先生と顔なじみになっておく
  • 近所の人に、ひとこと挨拶してみる

どれも、小さなことです。

でも、その小さなことが

子どもを守る「網の目」になります。

歩実塾は、勉強を教えるだけの場所では

ありません。

子どもたちが安心して話せる場所、

変化に気づいてもらえる場所、

そういう存在でありたいと思っています。

何か気になることがあれば、

いつでも声をかけてください。

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政治に興味が持てない国・日本05.27.26

政治に興味が持てない国・日本

――どうすれば、私たちは変われるのか

「政治の話は難しい」 「誰に入れても同じ」 「自分一人が行っても変わらない」

日本で生きていると、こういう言葉をよく耳にします。

私もずっと、そう思っていた時期がありました。

でも今回の一連の事件を経て、改めて考えています。

この「無関心」は、どこから来るのだろうか。

そして、どうすれば変われるのか。


まず、現実を直視する

統一地方選挙における都道府県議会議員選挙の投票率は低下が続いており、2023年は41.85%と過去最低を記録しました。

10人に6人が、地元の選挙に行っていない。

これが今の日本の現実です。

全世代の投票率は55.93%にとどまっており、国政選挙でも50%台の停滞が続いています。

半分近くの人が、「この国の方向を決める作業」に参加していない、ということです。

ただ、少し希望の光もあります。

2025年の参議院選挙では投票率が58.51%と前回より上昇し、18歳・19歳の若者の投票率も35.42%から41.74%へと増加しました。

小さな変化かもしれませんが、変われる兆しはあるのです。


なぜ日本人は「政治離れ」したのか

私なりに、25年の経験から考えてみます。

ひとつには、「学校で政治を語ってはいけない」という空気があったと思います。

私が学校で教わったのは、「政治的中立」という言葉でした。

でも「中立」の名のもとに、実際には「政治の話はしないほうがいい」という空気が教室を覆っていた。

政治は「難しくて危ない話」になっていった。

もうひとつには、「自分の生活と政治がつながっている」という実感がないこと。

税金がなぜ上がるのか。 年金がなぜ減るのか。 なぜ子育てがこんなに苦しいのか。

それが「政治の結果だ」という回路が、多くの人の中でつながっていない。

政治は「テレビの向こうの話」になっている。


では、どうすれば変わるのか

正直に言います。 魔法のような答えはありません。

でも、私が思う「現実的にできること」をいくつか書いてみます。


① まず、「身近な選挙」から始める

国政選挙より、市議会議員選挙や県議会議員選挙のほうが、一票の重みが大きいのです。

有権者の数が少ない分、自分の一票が結果に直結しやすい。

しかも地方政治は、道路、学校、ゴミの収集、地域の安全など、毎日の暮らしに直接かかわる話を決めています。

「国政は遠い」と感じる人ほど、まず地元の選挙から入ってほしいと思います。


② 「誰に入れるか」より「何に関心を持つか」から始める

「候補者がよくわからないから投票できない」

そういう声をよく聞きます。

でも順番が逆でもいいんです。

「農作物の盗難を減らしてほしい」 「子育て支援を充実させてほしい」 「地域の安全を守ってほしい」

まず自分が気になること、不満に思うことを言葉にする。

その言葉に近いことを言っている候補者や政党を探す。

それだけでいい。

完璧に理解してから投票する必要はありません。


③ 子どもと一緒に「選挙の日」を過ごす

これは、私が塾長として最も強調したいことです。

神奈川県では全国に先駆けて小・中学校でも主権者教育を実施し、政治家へのインタビューなどを通じて「政治や政治家へのイメージが変わった気がする」と答える生徒もいました。

学校の取り組みも大切ですが、家庭でできることも大きいのです。

選挙の日に、子どもを投票所に連れていく。

「今日、お父さん(お母さん)は、こういうことを考えて、この人に入れたよ」と話す。

それだけで、子どもの中に「選挙は大人がするものだ」という記憶が刻まれます。

投票に行く親の背中を見た子どもは、大人になっても選挙に行く。

これは25年間、子どもたちを見てきた私の実感です。


④ 「政治の話をしてもいい」空気をつくる

日本では、職場や家庭で政治の話をすることをためらう文化があります。

でも、それ自体が問題だと私は思っています。

「あの道路、また工事してるな。市議会で何か決まったのかな」 「学校の給食費が変わるらしいね。誰が決めたんだろう」

そういう日常の雑談の中に政治を持ち込むこと。

難しい話でなくていい。 「選挙、行った?」の一言でもいい。

政治を「遠い話」から「隣の話」に引き寄せることが、何より大事だと思います。


変えるのは、制度より「文化」

民主主義はみんなでつくり上げるもので、他者との対話が重要です。日々の暮らしの中で対話を重ねて意思決定をすることで、「自分は社会を変えられる力を持っている」という実感につながります。

この言葉が、すべてを言い表していると思います。

投票率を上げるための制度改革も必要です。 ネット投票の整備も、議論すべきことです。

でもそれ以上に大切なのは、「自分の一票は意味がある」という感覚を、社会全体で育てることだと思います。


塾長として、私にできること

私は教育者として、これからも伝え続けます。

勉強は、テストのためだけにあるのではない。

社会を読む力、自分で考える力、声を上げる力を育てるために、学ぶのだと。

勉強ができれば、政策の中身を読める。 算数ができれば、税金の計算ができる。 国語ができれば、政治家の言葉の裏を読める。

学力と政治参加は、つながっています。

塾の先生をやっていて、よかったと思える瞬間のひとつは、子どもたちが「なんで?」と聞いてくれるときです。

その「なんで?」を、政治にも向けてほしい。

それが、安全で豊かな日本を守る、最初の一歩だと信じています。

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この国をこうしたのは、私たちだったのかもしれない05.26.26

この国をこうしたのは、私たちだったのかもしれない

――少子化、外国人政策、そして「選んだ政治」の話

前回までの記事で、農作物の盗難、戸締りの変化、そして白昼の住宅侵入殺人という話を書いてきました。

読んでいただいた方の中には、 「外国人の受け入れを増やすから、こうなるんだ」 と感じた方もいるかもしれません。

その気持ちは、よくわかります。

でも今回は、もう一歩だけ奥に入って考えてみたいと思います。

なぜ、そういう政策を取らざるを得なかったのか。

そして、それを決めた政治を選んだのは誰か。

という話です。


日本は、子どもが生まれない国になっている

まず、数字から見てみましょう。

2024年に日本で生まれた子どもの数は約72万人。合計特殊出生率は1.15と過去最低水準を更新しています。国立社会保障・人口問題研究所が2023年に出した推計では、出生数が70万人を下回るのは2038年のはずでした。それが、15年以上も早く訪れようとしています。

仮に今すぐ出生率が回復に転じたとしても、子どもを産む世代の人口自体が少ないため、数十年単位での人口回復は構造的に極めて困難な状況です。

これは、将来の話ではありません。 今すでに起きている問題です。


なぜ、子どもが生まれなくなったのか

原因はひとつではありませんが、経済的な背景が大きいことは、データが示しています。

30代男性の場合、年収が高いほど未婚率が低い傾向が続いており、経済的な理由が結婚行動に大きく影響していることが示されています。

若い世代における経済状況の格差は広がっており、非正規雇用の賃金は正規雇用より低い水準にとどまり、将来賃金が上昇するという期待感も乏しいとされています。結果として、労働者が抱く将来への経済的な不安が大きくなっています。

つまり、こういうことです。

「結婚したい」「子どもを持ちたい」という気持ちがあっても、先が見えない経済状況では、踏み出せない。

その積み重ねが、今の少子化です。

背景には非正規雇用の拡大や住宅費の高騰、長時間労働文化など、子育てしにくい社会問題が根深く存在しています。


だから、外国人を入れるしかなくなった

日本国内の生産年齢人口は減少を続け、多くの業界で人手不足が深刻化しています。介護分野では厚生労働省の推計によると約32万人もの介護人材が不足するとされており、製造業や建設業でも外国人労働者の活躍によって生産ラインの稼働を維持できている企業が多い状況です。

日本人が生まれない。 日本人の働き手が減る。 産業が回らなくなる。

だから、外から人を連れてくる。

外国人労働者数は15年間でおよそ4倍に増え、2025年には約220万人に達すると予測されています。

この流れ自体は、ある意味で論理的な帰結です。

問題なのは、人を呼び込む「入り口」だけを急いで整えて、その後の生活支援や管理体制の整備を怠ってきたという点です。


でも、その政治を選んだのは誰か

ここで、少し立ち止まって考えてほしいことがあります。

少子化を放置してきた政治。 若者が非正規でも仕方ないとしてきた政治。 外国人を受け入れながら、管理体制を後回しにしてきた政治。

それを続けてきた政権を、私たちは選挙で選んできました。

「政治に関心がない」 「誰に入れても変わらない」 「自分一人の一票では何も変わらない」

そう思って、投票に行かなかった方も多いかもしれません。

でも、投票しないことも、ひとつの意思表示です。

現状を変えたくない、という。


25年、子どもたちを見てきた私が思うこと

私は塾の先生として、長年子どもたちと関わってきました。

子どもたちに「社会のせいにするな」「自分で考えて行動しろ」と伝えながら、大人が「政治は難しいから」と思考を止めていては、説得力がありません。

社会を変えるのは、制度ではなく、その制度を選ぶ人です。

一人ひとりが、 「この国の子どもの数が減っている」 「若者が安心して働けない構造がある」 「外国人政策の仕組みが整っていない」

ということを自分のこととして考える

それが出発点だと思っています。


今、私たちにできること

大きな政策はすぐには変えられません。

でも、今すぐできることはあります。

地域の人と挨拶をすること。 地域の選挙に足を運ぶこと。 子どもたちに「政治は自分たちの話だ」と伝えること。

塾長として、私はこれからも子どもたちに伝え続けます。

「社会は、自分たちがつくるものだ」と。


前回の事件の話から始まって、農作物の盗難、外国人政策、そして少子化と政治の話まで、ずいぶんと長い道のりになりました。

でもこれは、全部つながっています。

安全な日本を守りたいなら、 まず足元の社会を、自分ごととして考えることから始める。

そう思っています。

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鍵をかけない国だった日本が、変わっていく05.23.26

鍵をかけない国だった日本が、変わっていく

――農作物の盗難、そして「住宅に侵入して殺す」時代へ

少し前まで、こんな光景が日本の当たり前でした。

農家が畑に出て、家の鍵は開けっぱなし。 近所のおじいちゃんが縁側で昼寝をしていても、誰も心配しない。 「うちの地域はみんな顔見知りだから」 そういう安心感が、普通に存在していた。

私が子どもの頃も、そうでした。

それが今、変わっています。


収穫前の農作物が、畑ごと消える

近年、農家の方々が頭を抱えていることの一つが、収穫前の農作物の盗難です。

収穫期を狙った盗難が多く発生しているのはもちろん、収穫期前でも油断できない状況が続いています。熟していない青い桃が大量に盗まれ、その後フリマアプリに出品された事例もあります。

山梨県ではシャインマスカット860房が2か月の間に盗まれ、障がい者の方々と協力して栽培した農家や、親の介護をしながら苦労して育てた農家も被害に遭い、大変な怒りと落胆を覚えたといいます。

京都府では九条ネギが約300キロ、茨城県では収穫前の梨が3200個盗まれる被害も報告されています。

種を植えて、水をやって、何か月も手をかけて育てた作物が、収穫の直前に根こそぎ持っていかれる。

農業は、時間との戦いです。 その苦労を、まるでわかっていない犯行です。


「外国人だから悪い」ではなく、「制度に問題がある」という話

農作物の盗難については、外国人による犯行が報道されるケースが目立っています。

山梨県警の担当者は「検挙実績から見ると、必ずしも外国人が多いとは言えない」としながらも、「その可能性も完全には否定できない」と述べており、実態の把握は難しいのが現状です。

ただ、背景として見えてきていることがあります。

外国人技能実習生をめぐっては、一部において劣悪な環境で酷使されているケースも存在し、失業や生活困窮に追い込まれた結果、農作物や家畜の窃盗といった犯罪に手を染めるという事件が増えています。

失踪した元ベトナム人技能実習生が不法滞在のまま犯行に及ぶケースもあり、外国人犯罪の3割以上がベトナム人で、窃盗だけで年間約2500件近く発生しているとも報告されています。

これは「外国人が悪い」という話ではありません。

日本が労働力不足を理由に外国人を受け入れながら、受け入れ後の生活保障や管理体制が追いついていないという、制度の問題です。

本来この制度の趣旨は「海外の労働力が先進的な技術を習得し、母国の発展を支援するためのもの」だったはずが、実態としては安価な労働力を確保する手段に置き換わっています。

つまり、入り口だけ開けて、中の整備をしていない

その結果が、農家の被害につながっている面があります。


鍵をかけていても、殺される時代

そして、栃木県上三川町の事件です。

前回の記事でも書きましたが、午前9時すぎという白昼に住宅へ侵入し、住人の富山英子さんを刃物で突き刺して殺害した疑いで、16歳の少年4人が逮捕されました。目的は金品の窃盗だったといいます。

昔であれば「鍵をかけていれば安心」と思えました。

でも今は、鍵をかけていても侵入されます。 住人がいても、構わず入ってくる。 そして、鉢合わせたら、刺す。

日本は「安全な国」と言われてきました。 確かにそうだった。

でも、それが少しずつ、崩れています。


「安全な日本」は、自然にあったわけではない

私が25年間、子どもたちと関わってきた中で感じてきたことがあります。

日本の安全は、地域のつながりと、互いへの信頼で成り立っていた。

顔見知りがいる。 誰かが見ている。 悪いことをしたら、地域でわかってしまう。

そういう「目に見えない抑止力」が、日本社会を守ってきた部分がある。

それが今、薄れています。

都市化が進み、隣の人が誰かわからない。 SNSで繋がれるけど、顔も名前も知らない人と犯罪計画を立てられる時代になった。

外国人の受け入れ拡大は、それ自体が悪いわけではありません。でも、コミュニティの信頼関係を守る仕組みを後回しにして、人数だけ増やしていくことには、やはり問題があると思います。


私たちに、できること

「国の政策がどうにかなるまで待つ」という話ではありません。

今、私たちが地域でできることがあります。

近所に声をかける習慣を取り戻すこと。 不審な車や人物を見かけたら、すぐに通報すること。 子どもたちに、「知らない人からの仕事の誘いには絶対乗るな」と、繰り返し伝えること。

安全な日本を守るのは、警察だけではありません。

一人ひとりが、自分の地域を大切にする意識が、最後の砦かもしれない。

そのことを、今回の一連の事件を通じて、改めて感じています。

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「普通の高校生が、なぜ人を刺すのか05.22.26

普通の高校生が、なぜ人を刺すのか

――トクリュウと子どもたちのこと

2026年5月14日、栃木県上三川町で、衝撃的な事件が起きました。

午前9時すぎ、住宅に侵入し、住人の富山英子さんを凶器で突き刺して殺害した疑いで、16歳の少年4人が逮捕されました。

目的は、金品を盗むことだったといいます。

なのに、人が死んだ。


逮捕された4人は、全員が16歳の高校生、または自称高校生でした。

事件への関与が疑われているのは、匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」です。

少年の一人は「夫婦に頼まれた」と供述しており、実行役の中には、事件当日に初めて顔を合わせたメンバーもいたことが明らかになっています。


トクリュウとは、何なのか

トクリュウという犯罪の形は、従来の暴力団とは根本的に違います。

メンバー間の人間関係が希薄で、流動的であることが最大の特徴で、多くのメンバーは互いに顔を合わせることなく、匿名化されたデジタル通信だけで繋がっています。

首謀者は、末端の実行役を「使い捨て」として扱います。

末端の実行役が逮捕されても、組織の中核は無傷のまま、SNSで新たな実行役を補充して犯行を続けることができる仕組みです。


なぜ、子どもたちが巻き込まれるのか

SNSやメッセージアプリで「高額・簡単なバイト」として誘い込み、少年を実行役に使って切り捨てる手口が横行しています。

今回の少年たちも、同級生からの誘いというかたちで巻き込まれた典型的なケースです。

法務省が2025年に実施した調査では、少年院在院者の3割強が闇バイト経験ありと判明。そのうち約4割が後悔なし、2割弱が犯罪行為と認識していなかったと回答しています。

ここが、私がいちばん気になるところです。

犯罪だと思っていなかった。


25年、子どもたちを見てきた私が感じること

私は塾の先生として、また以前はサッカーコーチとして、長年にわたって子どもたちと関わってきました。

子どもは、「これは悪いことだ」とわかっていて非行に走るケースより、なんとなく流されて、気づいたら取り返しのつかない場所に立っていたというケースの方が、はるかに多い。

友達に誘われた。 断れなかった。 お金がほしかった。 そのくらいの気持ちで、人生が終わる。

今回の事件も、きっかけは「ちょっとしたアルバイト感覚」だったのかもしれません。

でも、現場で住人に出くわしたとき、少年たちは凶器を使った。

金品が目的の強盗が、なぜ殺人になるのか。

それは、「判断する力」が育っていなかったからではないかと、私は思っています。


「その場でどう判断するか」を育てる

学力を伸ばすことは、もちろん塾の仕事です。

でも私が25年間、子どもたちに伝えてきたことの中には、もうひとつあります。

自分の頭で考え、自分で判断できる人間になってほしい、ということです。

誰かに言われたからやった。 みんながやっていたから。 断れなかった。

そういう言葉が、事件のたびに聞こえてきます。

「考える力」「判断する力」「断る力」。

これは、試験には出ません。

でも、人生で最も必要な力だと、私はずっと思っています。


そして、同じような事件が二度と起きないよう、私も子どもたちと向き合い続けたいと思います。

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「人は変えられない」05.21.26

「人は変えられない」 ―― それでも、塾長は待ち続ける ――

子どもたちを見ていると、つくづく思うことがある。

「人は、なかなか変われない生き物なんだな」と。


習慣は、まるで川の流れのように

食習慣を変えようとしたことがあるだろうか。

甘いものをやめようと決意する。

揚げ物を控えようと誓う。

でも、気づけばいつものコンビニで、いつものスナック菓子を手に取っている。

夜更かしをやめようと思う。

スマホを0時前に置こうと決める。

でも、布団の中でまた画面を開いている。

これは意志の弱さではない。

人間という生き物が持つ、ごく自然な姿だと私は思っている。

習慣とは、長い時間をかけて刻まれた「脳の溝」のようなものだ。

水は必ず、低いところへ流れる。

その溝を変えるのは、並大抵のことではない。


25年間、子どもたちを見てきて気づいたこと

塾の現場でも、まったく同じことが起きる。

「毎日勉強する」と決めた子が、3日後には元に戻っている。

「ゲームは1時間まで」と約束した子が、気づけば3時間向き合っている。

最初は「意志が弱いな」と思っていた時期もあった。

でも25年間、子どもたちと向き合い続けてきて、わかったことがある。

それは、責めても変わらないということだ。

叱って変わるなら、誰も苦労しない。

習慣を変えるのに必要なのは、叱責ではなく、仕組みと時間だ。


「変えられない」を責めるより、「変わり方」を一緒に考える

私自身、若い頃は食生活が乱れていた時期がある。

50代になって体のサインが出てから、はじめて本気で向き合った。

砂糖、植物油、白いパン……。

「わかっているのにやめられない」という感覚は、私自身も経験してきた。

だから保護者の方が「うちの子、何度言っても変わらなくて……」と打ち明けてくださるとき、

私は決して「お子さんの意志が弱い」とは思わない。

変わろうとしている、そのこと自体がすでに尊いと感じる。

習慣を変えるには、小さな一歩でいい。

毎日1ページだけ。

寝る30分前だけスマホを置く。

夕飯の白米をほんの少し減らす。

大きな変革は、小さな積み重ねの先にしか生まれない。


それでも、人は変われる

「人は変えられない」と書いてきた。

でも、正確にはこうだと思う。

「他人が変えることはできない。でも、本人は変われる」

塾長として私にできることは、子どもを変えることではない。

「変わりたい」という気持ちが芽生えたとき、その背中をそっと押すことだ。

サッカーの指導でも同じだった。

コーチが怒鳴っても、選手の足は速くならない。

選手自身が「もっとうまくなりたい」と思ったとき、人は変わる。

親御さん、どうか焦らないでほしい。

お子さんが変われないのではなく、まだその「タイミング」が来ていないだけかもしれない。

そのタイミングが来たとき、そっと寄り添える大人が近くにいること。

それが、何より大切なことだと、25年の経験が教えてくれている。

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ラジコンのボディ塗装に、こだわってみる。05.20.26

ラジコンのボディ塗装に、こだわってみる。

―― 走らせるだけじゃない、作る楽しさがある ――


ラジコンをやっていると

走りにこだわる人と

見た目にこだわる人がいる。


私は、どちらも気になってしまうタイプだ。


特にボディの塗装。

ここが決まると、気分がまるで違う。

走らせる前から、テンションが上がる。


ポリカボディは「裏から塗る」


ラジコンのボディのほとんどは

ポリカーボネートという素材でできている。


航空機の窓や防弾ガラスにも使われる素材で、衝撃に非常に強い。クラッシュ時にシャーシを守るバンパーとしての役割も持っている。


そして、ここが面白いポイントなのだが。

ポリカーボネートのボディは、裏側(内側)から塗装して表側から見る。だから最初に塗った色が、いちばん表に出てくる。


普通の感覚とは逆だ。

細部から先に塗って、最後に全体色を塗る。


この「逆順の美学」が、なんとも面白い。


塗料は必ず「ポリカ専用」を使う


ポリカーボネートは柔軟性がある素材なので、乾燥すると硬くなるラッカー系の塗料を使うと、衝撃ではがれやすくなってしまう。ポリカーボネート専用の塗料が必要だ。


タミヤの場合、品番に「PS」とついているものがポリカ用スプレーだ。

色の種類も豊富で

メタリック、偏光カラー、アルマイトカラーなど

見る角度で色が変わるものまである。


最初は赤・黒・白・青など

失敗しにくい色から始めるのがいい。黄色やメタリック系・フロスト全般は塗装が難しいので、慣れないうちは避けた方が無難だ。


一番大事なのは「薄く、何度も」


塗装で失敗する人の多くが

「一気に厚く塗ろう」とする。


一番のポイントは一気に塗ろうとしないこと。一回で塗ろうとすると塗膜が泡立ったり、角や溝に塗料が乗らなかったりして色ムラの原因になる。


缶スプレーはボディから約30cmほど離して、横に動かしながら吹き付ける。軽く色がつくくらいにスプレーして、乾いてからまた吹く。これを2〜3回繰り返す。


急がない。

乾かす。

また薄く吹く。


これだけで、仕上がりがまるで変わる。


「裏打ち」で色を決める


ベースの色を塗り終えたら、次は裏打ちだ。


内側に黒を裏打ちすると、シャーシの黒色とボディ内側の黒色が一体化して、よりリアルな雰囲気が増す。


白で裏打ちすると色が明るく鮮やかに出る。

シルバーにすれば深みが増す。


同じボディ・同じ色でも

裏打ちで表情がまったく変わる。

ここが、塗装の奥深さだと思う。


マスキングは「丁寧に」が正義


複数色の塗り分けに欠かせないのが、マスキングテープだ。


マスキングが雑になると、想定外の場所に塗料がはみ出てしまう。塗装前の準備が、仕上がりのすべてを左右する。


ここを急ぐと、あとで後悔する。

準備8割、塗装2割。


これは、子どもたちの勉強と同じだと思っている。

テスト本番より、準備の質が結果を決める。


失敗しても、それが味になる


最初から完璧に塗れる人はいない。


ムラが出たり。

はみ出したり。

思っていた色と違ったり。


でも、そこから学ぶことがある。

失敗した場所を覚えているから

次はそこだけ丁寧にできる。


それが、趣味の醍醐味だと思う。


走らせて壊れたボディを

また塗り直す。


その繰り返しの中に

ちょっとずつ上手くなっていく自分がいる。


子どもに「失敗を怖がるな」と言うなら

大人も、失敗を楽しまないといけない。

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UFOの機密が、なぜ今、公開されているのか。05.16.26

UFOの機密が、なぜ今、公開されているのか。

―― 政府とハリウッドが同時に動き出した、その意味を考える ――


2026年5月8日。

アメリカ国防総省が、ついに動いた。


「PURSUE(大統領令による機密解除システム)」計画に基づき、約170点に及ぶUFO関連の機密ファイルが公開された。


国防総省はSNSで「米国民は今や、機密解除された連邦政府のUAP文書に即座にアクセスできるようになった」と発表した。

機密取り扱い資格も不要。

誰でも見られる。


なぜ、今なのか。


ひとつ目の理由 ― 国家安全保障

政府がこれほど真剣にUAP問題に取り組む背景には、単なる好奇心の対象ではなく、米軍機とのニアミスや核施設周辺での目撃といった「国家安全保障上の重大な懸念」があるという。


「宇宙人がいるかどうか」という話ではない。

「正体不明の飛行体が、核施設の近くを飛び回っている」

それは、国防上の緊急事態だ。


ふたつ目の理由 ― 陰謀論への対抗

長年にわたって

「政府はUFOの情報を隠している」という声があった。


機密解除によって、UFOをめぐる陰謀論や「政府が重大な情報を隠している」という不信感を払拭しようという狙いもある。


隠せば疑われる。

開示すれば、少なくとも「隠蔽」とは言われない。

それが、政府の判断だったのかもしれない。


ふたつ目の理由 ― 透明性の時代

この取り組みには国防総省だけでなく、NASA、FBI、国家情報長官室、エネルギー省など、政府の主要機関がすべて参加している。


これは、ひとつの省庁が単独で動いているのではない。

アメリカ政府全体の意思決定だ。


そして、スピルバーグが動いた


政府の動きと、ほぼ同じタイミングで。

あの巨匠が、UFO映画を作っている。


タイトルは『ディスクロージャー・デイ』。2005年の『宇宙戦争』以来、実に21年ぶりとなるスピルバーグのエイリアン映画への復帰作だ。


映画のあらすじにはこう記されている。「もし、我々が宇宙で孤独ではないと知ったら? 誰かがそれを示し、証明したら、あなたは恐怖を感じるだろうか? この夏、真実は70億人に明かされる」


偶然だろうか。


スピルバーグは1977年に『未知との遭遇』を作り

1982年に『E.T.』を作った。

その頃からずっと、宇宙と人類の関係を問い続けてきた監督だ。


昔からこんな都市伝説がある。

「アメリカ政府は、人々がパニックにならないよう

スピルバーグにエリア51の真実を見せて

映画という形で少しずつ慣れさせてきた」と。


真偽は分からない。

でも、政府が機密を公開した直後に

スピルバーグがUFO映画を公開するというのは

あまりにも、タイミングが良すぎる。


私が子どもたちに伝えたいこと


「UFOなんて、オカルトの話でしょう」

そう思っている人は多い。


でも今、アメリカ政府という世界最大の組織が

公式に、正式に

「説明できない飛行現象が存在する」と認めた。


これは、科学の問題だ。

安全保障の問題だ。

そして、人類の価値観そのものを揺るがすかもしれない問題だ。


子どもたちに教えたいのは

「UFOが怖い」ではなく

「知らないことを、知らないと言える誠実さ」だ。


長年「ない」と言っていたものが「あった」かもしれない。

その時に、どう受け止めるか。


情報を疑う力。

冷静に考える力。

それが、これからの時代を生きる子どもに

最も必要な力だと、私は思っている。

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