紙の使いみちをめぐる、ちょっとしたやりとりから生まれた名前
「枕草子」というタイトル、よく考えると不思議な名前だと思いませんか。
内容は季節の話や宮中の出来事なのに、なぜ「枕」なのでしょうか。
実はこの名前、清少納言が仕えていた中宮・定子とのある会話がきっかけで生まれたと伝えられています。
大量の紙を前にした、ある日の出来事
ある日、定子のもとに、上質な紙がたくさん届きました。
当時、紙は貴重品です。
定子は「これに何を書こうかしら」と、女房たちに話しかけました。
そして「帝(一条天皇)は、これくらいの量の紙に史記を書き写されたそうよ」と付け加えます。
史記とは、中国の歴史を記した、とても分厚い書物です。
やりとりを再現すると
定子:これに何を書いたらいいかしら。
帝はこのくらいの紙に史記を書き写されたそうよ。
清少納言:それなら、枕にでもいたしましょう。
定子:それなら、あなたにあげましょう。
「枕にこそは侍(はべ)らめ」
それなら、枕にいたしましょう
「史記のような立派な書物にするより、寝るときに頭を乗せる枕にでもしましょう」
清少納言らしい、気の利いたユーモアです。
この一言を面白がった定子は、その紙をまるごと清少納言に与えました。
そして清少納言は、もらったその紙に、日々感じたことを自由に書き綴っていきます。
それが、後に「枕草子」と呼ばれる作品になったのです。
豆知識
「枕」という言葉には、当時「まとまった量の紙・冊子」といったニュアンスも含まれていたと考えられています。単なる寝具というだけでなく、言葉の掛け合わせを楽しむ、当時の教養人らしい機知が込められた命名だったとも言われています。
タイトルからもわかる、二人の関係
このエピソードから見えてくるのは、清少納言の機転の良さだけではありません。
とっさの一言をすかさず面白がり、
紙を丸ごと与えてしまう定子の懐の深さもまた、印象的です。
気の利いた言葉を投げかければ、ちゃんと受け止めて返してくれる相手がいる
そんな信頼関係があったからこそ、
清少納言は思ったことを自由に書き綴れたのかもしれません。
たった一言のやりとりが、千年後まで読み継がれる作品のタイトルになる。
ちなみに「枕草子」という題名の由来には、
実はいくつもの説があり、現在も研究者の間で議論が続いています。
定説と呼べるものがまだ定まっていないこと自体、
この作品がいかに謎めいた魅力を持っているかを物語っています。
枕草子は、ただの「昔の随筆」ではありません。
大切な人を思って言葉を紡いだ、一人の女性の記録です。
そう考えると、千年前の古典が、今の私たちの人間関係とも重なって見えてきませんか。
古典を「昔の難しい言葉」としてではなく、
「その言葉を書いた人の気持ち」から読んでみると、
教科書の中の話が急に身近に感じられるようになります。
古典は、堅苦しい暗記科目ではなく、
当時の人々の生きた会話やユーモアが詰まった記録です。
そう思うと、少し身近に感じられませんか。