測るものさしを間違えなければ、誰もが天才という視点
こんにちは、倉敷市北畝の歩実塾です。
「誰もが天才だ。しかし、魚の能力を木登りで測ったら、魚は一生、自分はだめだと信じて生きることになるだろう」
――これはアルベルト・アインシュタインのものとされる有名な言葉です。
(アインシュタイン自身の発言だったという確かな証拠は見つかっていません)
この言葉は、人それぞれに違う才能があり、それぞれが特別な「天才」であるということを教えてくれます。
しかし、現実の世界では、この「魚に木登りを強いる」ようなことが、
教育現場や職場、人間関係の中で日常的に起こっています。
この記事では、この名言の意味を掘り下げ、
自分や子どもの才能を正しく見つめるための考え方を考えていきます。
この名言が伝えようとしていること
魚は水の中でこそ、その能力を最大限発揮できる
魚は水の中にいるからこそ、その能力を最大限発揮することができます。
陸に釣り上げられたりすると、木登りはおろか、生きていることさえできないのです。
つまり、魚にとっての「天才」とは「泳ぐ能力」であり、木登りで測定するとダメな生き物でしかないのです。
この言葉は、自分や他人をその人にふさわしくない物差しで測る前に、もう一度よく考えてみなさいと言っています。
すべての人には、それぞれに違う才能があり、それぞれが特別な「天才」なのです。
「天才」とは生まれながらのものではなく「努力する凡才」
改めて、天才とは何でしょうか。
魚で言えば「泳ぐ能力」、つまり泳ぐ天才です。
しかし、その結果を生み出すために努力を積み重ねること、
すなわち「生まれながらの天才」なんていないとも言えます。
魚だって生まれたての頃は一所懸命に泳ぐ訓練をやっています。
水の中を自由自在に泳ぐことのできる魚がいて、
大きな空を自由自在に飛び回れる鳥がいて、木登りが得意な猿やリスがいて
――この我々の住む奇跡の惑星・地球はバランスがとれているのです。
それぞれが持ち味を活かすこと、バランスを保つことの重要性が、この言葉には込められています。
現代社会に潜む「魚に木登りを強いる」問題
教育現場の「全員を木登りで測る」構造
泳力で能力を測れば魚は最強なのに、
日本の教育は全員を木登りで測ろうとしているという指摘があります。
学校のテストや評価が画一的で、
多様な才能を測る物差しが用意されていない現状があります。
しかし、それを続けるのなら、魚が木に登れる工夫をしてあげたらいいという考え方もあります。
視力が弱い人が眼鏡を使うのと同じことで、その工夫を「合理的配慮」と呼びます。
教育現場に合理的配慮ができる環境があれば、持続可能な社会につながるという視点です。
よく感じること
計算は苦手でも、図形の発想はとても豊かな子がいる
暗記は苦手でも、人に説明するのがとても上手な子がいる
テストの点数だけで見えない得意分野が、必ず誰にでもある
学校のテストは、多くの場合「決まった時間で、決まった形式の問題を解く力」を測るものさしです。
それ自体は大切な指標ですが、唯一の指標ではありません。
ある子にとって「木登り」が苦手な種目だったとしても、
その子には泳ぎが得意という、まったく別の才能が眠っているかもしれないのです。
この言葉から学ぶ実践的な教訓
① 自分の得意なことを目標にする
自分の得意なことを目標にして、やりたいことを一生懸命やって、
すべてが完ぺきにできなかったとしても、自分を責めないようにしましょう。
魚の木登りができないことを恥じる必要はありません。
魚は泳ぐことに集中すればいいのです。
② 自分に合った環境を選ぶ
人それぞれ環境によって得意不得意があるので、自分に合った環境選びは本当に大事です。
魚は水にいればこそ能力を発揮できます。
自分が輝ける場所を見つけることが、才能を開花させる近道です。
③ 子どもの才能を「木登り」で測らない
子育てや教育の場面では、子どもの能力を一つの物差しで測らないことが重要です。
アインシュタイン自身も、いくつかの「困難」があったとされる人物であり、
彼の周囲にいた人々が「数学ができる」という長所を汲み取り評価したことが成長につながったと言われています。
「できないこと」に注目するのではなく、「できること」を見つけて伸ばすことが、子どもの可能性を広げます。
④ スペシャリストの力を尊重する
何でも平均的にできる人だけでなく、
特定の分野に突出した人が噛み合ったときこそ、チームは最強になるという考え方もあります。
全員が同じ能力を持つ必要はなく、それぞれの得意分野を活かし合うことが大切です。
歩実塾から|「誰もが天才」という視点を日常に
「魚を木登りの能力で判断してはいけない」という言葉は、
自分や他人をその人にふさわしくないものさしで測る前に、もう一度よく考えてみなさいというメッセージです。
しかし本当に大切なのは、その子が得意な泳ぎ方を見つけ、そこから自信を積み上げていくことです。
苦手なものさしで測り続ける限り、その子の本当の力は見えてきません。
もしお子さまが「自分はできない」と思い込んでいるとしたら、
それは能力の問題ではなく、まだ合ったものさしに出会えていないだけかもしれません。
歩実塾では、点数を上げることと同じくらい、
「自分もやればできる」という経験を積むことを大切にしています。
「じゃあ、どこまでならできる?」
「何ならできる?」
大切なのは、苦手なことだけに着目するのではなく、才能に着目した支援を行うことです。
「できない」は、その子の能力の限界を意味するものではありません。
まだ通っていない道が、そこにあるだけです。
歩みの速さは、子どもによって違って当たり前。
大切なのは、子どもを責めることではなく、
その子に合った学び方を見つける手助けをすること。
そして、できたことを認め、少しずつ自信を育てていくことです。
歩実塾は、キミの「わからない」を置き去りにしません。