日本に増えすぎた「記念日」─本当に必要なのは何だろう?
12月25日、街中がキラキラと輝くクリスマス。
私自身、子どもの頃からどこか落ち着かない日でした。
「キリストの誕生日って習ったけど……日本人の自分が祝う日なのか?」
心の中には小さな違和感がいつも残っていました。
もちろん、ケーキは美味しいし、プレゼントをもらえるのは嬉しい。
でも、宗教行事としての意味が曖昧なまま、
“イベントとして消費されるだけの日”になっている気がしてならなかったのです。
■ バレンタインデーはいつから「チョコの日」になったのか
クリスマスの次に強烈な違和感を覚えたのはバレンタインデー。
そもそも、
**海外では男女問わず「大切な人へ思いを伝える日」**です。
ところが日本では、
「女性が男性へチョコを贈る日」
しかも
「義理チョコ」「友チョコ」「自分チョコ」まで登場。
気づけば、完全に“商業イベント”として組み立てられていました。
もちろん、誰かを思う気持ちを形にするのは素敵なことです。
ただ、行事そのものが意味より「販売戦略」に支配されてしまうと、
本来の良さが薄まってしまうように感じるのです。
■ 誕生日も「祝う理由」が薄れてきていないか?
誕生日は本来、
「生まれてきたことへの感謝」
「育ててくれた家族への感謝」
が根っこにあります。
しかし近年は、SNSもあって
「盛大に祝われることが正解」
といった空気が強く、
むしろ“祝わなければいけない日”のようになっているところがあります。
本当に必要なのは豪華な料理や派手な演出ではなく、
「今年も無事に迎えられたね」というささやかな気持ちなのかもしれません。
■ ハロウィン──10/31は本当に「イベントの日」だった?
10/31のハロウィンも、
子どもの頃の日本には影も形もありませんでした。
気づけば仮装イベントが爆発的に広がり、
最近では渋谷の混乱が毎年ニュースになるほど。
本来ハロウィンは
収穫祭+先祖の霊を迎えるヨーロッパの風習
ですが、
日本では“仮装して騒ぐ日”にすり替わってしまいました。
文化が輸入されることは悪くありません。
ただ、意味を知らないまま「なんとなく盛り上がる日」になるのは、
どこか空虚さも感じます。
■ 日本に「なかった記念日」が増えるということ
クリスマス
バレンタインデー
ハロウィン
ブラックフライデー
イースターまで登場し始めました。
次々と生まれるイベントの多くは、
“売る側の都合”が入り口になっています。
もちろん、そこから楽しい思い出が生まれることもある。
否定するつもりはありません。
ただ、子どもたちには
「なぜこの日があるのか?」
「その行事にどんな意味があるのか?」
を一度立ち止まって考えてほしいのです。
意味を理解し、自分なりの価値を見出すこと。
それができれば、
単なる消費イベントが「心に残る記念日」に変わります。
■ 本当に大切にしたい“日本の記念日”とは
海外の文化を楽しみつつ、
日本人として忘れたくないのは、
自分のルーツにある行事です。
- お正月(年神様を迎える日)
- 節分(季節の節目)
- ひな祭り、端午の節句
- お盆(先祖を迎える日)
- 七五三(命の節目を祝う文化)
これらは何百年も続いてきた「生活の歴史」。
消費を目的としたわけではなく、
命や季節を敬う心が根底にあります。
子どもたちには、
日本の文化を知りながら海外の文化も楽しむ、
そんなバランスの良い感性を育ててほしいと思っています。
■ 最後に:行事は「楽しむためにある」、でも「流されなくていい」
イベントは悪いものではありません。
楽しむ力も、子どもたちに必要な感性です。
ただ、
**意味を知らずに乗る“波”**なのか、
**自分の軸で選んだ“楽しみ”**なのか。
その違いは、心の成長に大きな差を生みます。
何のための日なのか?
誰が喜ぶための日なのか?
自分はどう感じるのか?
少し立ち止まって考えることで、
本当に必要な記念日が見えてくるはずです。
そしてその考えるプロセスこそ、
子どもにも大人にも大切な “心の学び” になるのだと思います。