「かっこ悪いよ」から始まる教育 ― ごみを捨てる子に伝えたかったこと ―
昔、関わった生徒の中に、
道や川にごみを捨てる子がいました。
悪びれる様子もなく、
ポイっと。
きっと、
周りの友達や大人の影響もあったのでしょう。
環境は、人をつくります。
でも私は、
その行為そのものよりも、
その子の“これから”の方が気になりました。
「ダメ」は、心に届きにくい
「そんなことしたらダメだろ」
「常識がない」
「罰が当たるぞ」
強く言えば、止まるかもしれません。
でもそれは、
見られている時だけ。
本当に変わる時は、
“自分で気づいた時”です。
私はこう伝えました
「それ、かっこ悪いな」
怒らず、
淡々と。
「誰も見てなくても、
自分は見てるよな」
「神様がいるかどうかは分からないけど、
自分の心はちゃんと見てるぞ」
そして、こう続けました。
「素晴らしい選手って、
グラウンドが汚れてたら、
自然に拾う人だと思わないか?」
人は“評価”で動く
子どもは、
良い・悪いよりも、
かっこいいか
かっこ悪いか
で動くことがあります。
ダメと言われるより、
“評価されない”と知る方が
心に残ることがあります。
行動は、その人の正体になる
ごみを拾う人。
ごみを捨てる人。
誰も見ていない瞬間こそ、
その人の本当の姿です。
成績が良くても、
スポーツができても、
人としてどうか。
そこは、
誰かが教えてあげないと
気づかないこともあります。
変化は、静かに起きる
その子は、
次の日すぐに変わったわけではありません。
でも、
ある日ふと、
落ちていたペットボトルを
足で避けたあと、戻って拾いました。
何も言いませんでした。
でも、
心の中で何かが動いたのだと思います。
最後に
子どもを変えるのは、
怒鳴り声ではありません。
響く言葉です。
その子の心に合った言葉。
その子の未来を想った言葉。
「ダメ」ではなく、
「かっこ悪いよ」
そんな伝え方も、
ときには必要だと感じています。
勉強も同じです。
やらないことを叱るより、
本気になった姿を
かっこいいと伝える。
その積み重ねが、
人をつくっていきます。